『主婦と労働のもつれ』、紹介記事








        『主婦と労働のススメ』 2012-6-10
















『週刊 読書人』に、『主婦と労働のもつれ』の著者
村上潔さん執筆による、紹介記事が掲載されました。



 村上潔 「主婦の割り切れなさと向き合う
『週刊読書人』 2945号 (2012年6月29日) 9面
「(連載) ニュー・エイジ登場 【378】」





下記は、記事のごく一部分です。( 画像を拡大できます。)
全文は、おそれいりますが、同紙をご覧くださいませ。



『主婦と労働のもつれ』の著者 村上潔さん






参考: 「週刊 読書人」のwebサイト ↓
http://www.dokushojin.co.jp/

  
  

  
    
   
  
    
    

「境界侵犯し続けた人 マサオ・ミヨシ氏を悼む」


2009年11月24日(火曜日)
朝日新聞・朝刊

境界侵犯し続けた人 マサオ・ミヨシ氏を悼む
  柄谷行人氏 執筆

このブログで、記事の一部分のみを
恣意的に抜粋することはいたしません。
できれば全文をご覧くださいませ。
大阪本社版では本日の朝刊です。
 
 
 

廣瀬純さんによる講演 【1】

『シネキャピタル』の著者・廣瀬 純さんによる
講演会などのご案内です。
4つのイベントを順番にご案内いたします。

まず最初に下記のイベントを
「AIT」のwebサイトより引用して、ご案内いたします。

   * * *

【1】


マルチチュードとアート


マルチチュードとアート
芸術のみが社会を変える

10月30日[金]、10月31日[土]
廣瀬 純(龍谷大学経営学部 教員)

★ ただいま、お申込みを受け付けております。

詳しくは → 【AIT

私たちの社会と芸術の関係について、革命と反革命の歴史を辿りながら考えます。かつて「日曜画家」という言葉がありました。月から土までは工場やオフィスで労働に専念し、日曜日にだけ好きな絵を描く。日曜画家たちの生活はふたつの「カンバス」からなっていたわけです。労働/搾取の場としての「工場」というカンバス、芸術/自由の場としての字義通りのカンバス。しかしいまでは、社会全体あるいは生活全体が「工場」となってしまっているために、日曜画家などもう存在し得ないといってもいいでしょう。私たち(マルチチュード)は、いっさい外部のない巨大な「工場」のなかで生きているとしたら、それでもなお私たちは芸術を生み出すことができるのでしょうか。アルフレッド・ヒッチコックや小津安二郎の映画作品をとおして、普通の人たちが今の社会を変えること、そして私たちが芸術を生み出すことを重ね合わせ、それらが可能になる時を探ります。


レクチャー1
万国の普通の鳥たちが団結するとはいかなることか。


10月30日(金)19:00 -21:00

アルフレッド・ヒッチコック『鳥』を例に、万国の普通の鳥たちが団結することで「非凡な鳥」になるのはいかにしてかを考えます。「万国」すなわち世界中の鳥たちが一羽の例外もなく団結すること、そして、その鳥たちは、もとはどれもが「普通の」鳥たちであること、ヒッチコック作品が提起するのはこうした問題です。ふだんはおとなしい個が、連帯することで、はるかに力強いものへ立ち向かえるメカニズムを考えます。


レクチャー2
生産の組織化、革命の組織化、そして芸術。


10月31日(土)13:00 - 14:30

「万国のプロレタリアよ、団結せよ」という呼びかけがマルクス+エンゲルスによって行なわれた1848年から、1917年のロシア革命、1968年の五月革命などを経て、今日に至るまでの革命と反革命の歴史を通観します。さらにまた、革命とそれに対する反革命という繰り返しのなかで、それぞれの時代にどのような芸術形態が対応しているのかを考えます。そしてそこから、ヒッチコックの『鳥』が、なぜ現代のインスタレーション・アートと厳密な意味で同時代の映画作品であり得るのかを考えます。


レクチャー3
凡庸であることが革命的なのはなぜか。


10月31日(土)15:00 - 16:30

今日において、私たちが「何をなすべきか」を考えます。ここでは「答え」を出すことよりも「問い」を立てることが中心となるはずです。そのヒントとして、小津安二郎の『お早よう』を考えます。『お早よう』という作品は、万国の普通の人々が団結することで「凡庸な人」になる作品だと言えるかもしれません。そこでは、ヒッチコックの『鳥』に見る抵抗の形とは別様の抵抗のあり方が描き出されているといってもいいでしょう。50年前に製作された映画の、今日における革命的意義を考えます。


* 日  程:
2009年10月30日[金]、31日[土] 2日間
* 時  間:
10月30日[金]19:00-21:00
10月31日[土]13:00-14:30/15:00-16:30
* 場  所:
AITルーム(代官山)
* 定  員:
20名
* 費  用:
12,600円(税込)
* 受講資格:
特に無し

詳しくは → 【AIT/集中講座
 
 
 

廣瀬純さんによる講演 【2】

【2】


        GRL Kyoto Base


下記は【洛北出版/10月15日ブログ】の続報です。

廣瀬純さんの講演があります。
以下、Graffiti Research Lab Kyotoのwebサイトより引用します。

   * * *


Graffiti Research Lab Kyoto

2009年11月5 日から16日まで、アメリカ人アーティストユニット、「Graffiti Research Lab」を京都に招聘します。

GRLはグラフィティライターやアーティストなどに新たなコミュニケーションのためのオープンソース・ テクノロジーを提供することで、人々が広告や権力に取り囲まれた環境をクリエイティブに変える力を獲得していくことを目的に活動しています。

彼らが京都に滞在する12日間、GRL が開発したソフトウェアやGRL Kyoto が作った道具を使用した公共空間でのパフォーマンス、「Kyoto Protocol Hacking」と題したワークショップ、廣瀬純(現代思想家)、遠藤水城(横浜国際映像祭キュレーター)、contact Gonzo(パフォーマー)を招いて、表現と公共空間、運動とアートの関係性を考えるレクチャーなど、各種イベントを実施します。

また、GRLの滞在中、「基地」を運営し、GRLのこれまでの活動を閲覧できるビデオブース、都市に介入するアートを集めた映像コレクション、関連書籍を中心とした図書館、大原の地野菜を使ったカフェを設置する他、GRLの作品制作も公開します。11/5日~11/15日まで毎日開いているので、だらっと遊びに来てください。

プレイベントもあります。

スケジュールの詳細は →【こちら】



上記のレクチャーの一つ。

GRL Kyoto 関連レクチャー


革命の慎みについて
   by 廣瀬 純


1937年に28才の若さで戦病死した映画作家・山中貞雄が、今年、生誕100周年を迎える。22才からの6年間、全26本の監督作品において、山中は何をしたのか。映画に“慎ましさ”というその本性を取り戻させようとしたのだ。少しでも油断すればすぐにでも“厚かましさ”のほうへと引き寄せられてしまいがちな映画を、あくまでもその偉大なる“慎ましさ”のもとに引き止まらせ続けようとしたのだ。そして山中は次のことを直観していた。すなわち、革命は慎み深き振舞いであり、慎みはつねに革命的である、と。GRLの試みもまた、レーザーやLEDの仄光を“慎ましさ”というその本性に従わせること、そして“厚かましさ”の執拗な回帰からさらりと身をかわす術を体得することに存しているのではないか。

創造行為を始動させる問いは、いかにして厚かましく目立つかということにはない。我々はつねにすでに厚かましく、破廉恥な存在なのだ。創造とは、たんなる “普通のもの”たちの慎ましき囁きのなかに、おのれの声をそれとしては同定不可能となるに至るまでまぎれ込ませることにある。山中が映画を撮った1930 年代も、GRLが光のグラフィティやタグを展開する今日も、世界が“厚かましさ”に覆い尽くされているという点において何ら変わりはない。どちらも“近代 ”という同じ時代に生きているのだ。だからこそおそらく両者は、70年の隔たりにもかかわらず、どちらも光という素材に固有の圧倒的な軽やかさのうちに慎み深き革命の条件を見出すことになるのだろう。


   日時    11月11日 (水) 20:00~22:00
   場所    GRL Kyoto Base
          京都市左京区田中西大久保町47-2 anchovie cafe 3F
   アクセス 叡山電鉄元田中駅下車すぐ
           → 【マップ】
   料金    1,000円
   問い合わせ  info【あっと】grlkyoto.net
※事前に予約のメールをいただければ、来場者数がわかるので助かります。
 
 
 

廣瀬純さんによる講演 【3】

【3】


        万田邦敏・監督作品「接吻」


再履修 とっても恥ずかしゼミナール
廣瀬純さんと万田邦敏(映画監督)さんとの対談


11月19日(木)19時から、ジュンク堂池袋本店にて、
廣瀬純さんと万田邦敏(映画監督)さんとの対談があります。

万田邦敏・監督作品の「接吻」はおすすめです。
DVDでも出ていますのでご覧ください。
蓮實重彦さんの『映画崩壊前夜』(青土社)のなかでも批評されています。
小池栄子氏はテレビで見ると、やたらと立体感ばかりがおもてに出てウザい(と思う)のですが、映画の中での彼女はすばらしい女優さんだと思います。

★ 下記の文は、「とっても恥ずかしゼミナール 特別講義 in 六本木!」、および「港の人日記」より引用します。

   * * *

万田監督の作品について書かれた文章としては、boid.netに掲載された『ありがとう』評、「nobody」23号に寄稿された『接吻』評がございます。どちらもすばらしいので、ぜひ読んでいただければと思います。

19日のイベントでは、おふたりをお招きして、万田監督の映画作品のこと、『再履修 とっても恥ずかしゼミナール』のことなどを語っていただく予定です。

 →【ジュンク堂/イベント

☆お申し込みは池袋本店1Fサービスカウンターで承ります。(電話:03-5956-6111)
☆入場料はドリンク付きで1000円です。当日、会場の4F喫茶受付でお支払いくださいませ。


        『再履修・とっても恥ずかしゼミナール』
再履修 とっても恥ずかしゼミナール

[著者]  万田邦敏
[造本]  四六判並製/392頁
[定価]  定価2,835円(本体2,700円+税)
[発売日] 10月下旬
[発行]  港の人 →【港の人

本書は、映画監督が贈るユーモアあふれる映画の入門書です。万田監督が1980年代に雑誌に連載していた傑作エッセイ「とっても恥ずかしゼミナール」を中心に、映画の魅力やおもしろさを紹介した批評・エッセイ・講義録などが収録されています。ゴダール、イーストウッド、小津安二郎などについての、本格的な作家論から、思わず笑ってしまう痛快なエッセイ、その他、黒沢清、青山真治、高橋洋、塩田明彦、中原昌也など、豪華な面々との対談・座談会記事など、1979年から2009年までに発表された、多種多様な文章を集めた一冊です。また、今回初収録となる、著者が助監督・脚本家として参加した、黒沢清の長編デビュー作『女子大生・恥ずかしゼミナール』(後に『ドレミファ娘の血は騒ぐ』として公開)の撮影日誌は、映画ファンにとって貴重な資料にもなっています。
 
 
 

廣瀬純さんによる講演 【4】


【4】


        現代思想講座2009



京都精華大学での公開講座です。
場所は、京都のCOCON烏丸3Fの「shin-bi」です。

詳しくは → 【京都精華大学

下記、同 webから引用いたします。

***


   現代思想講座 受付中


   切断せよ、創造せよ。
   創造の方法としての“流れ=切断”


 フランス現代思想を代表する一冊、ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリの有名な共著『アンチ・オイディプス』における最重要テーゼは“流れは切断されることになしにはけっして流れない”というものです。これは、新たなものを産み出しながら前進していくようなクリエイティヴな流れというものが、連続的で滑らかなものではあり得ないということ、たえず切断や分岐を繰り返しながらぎくしゃくと流れていくものでしかあり得ないということを意味してもいます。例えば2人の人物のあいだでの次のようなやりとりはどうでしょう。A君の話をさえぎって(切断して)、B君が話し始める。「ごめん、ごめん。でも、君の話をきいていたら、いい考えが急に浮かんできちゃったんだ。」 A君にとってもB君とっても新たな何かは、こうして“切断”とともに創造されるわけです。しかしまた、流れ(A君とB君とによる対話の流れ)がクリエイティヴなものであるためには、その流れが“切断によって”流れなければならないということでもあるわけです。流れとは切断のことである(流れ=切断)、そして、対話とは“折衝”(相手の衝きをおのれの力として折り畳むこと)である――この例はそうしたことを簡潔に示しているのではないでしょうか。

 クリエイティヴに生きるには、できるだけ多くの切断を人生のなかに取り込む必要があるのかも知れません。クリエイティヴだから切断があるというだけではなく、むしろ逆に、人は切断によってクリエイティヴになれるのかも知れないからです。例えば、引っ越しやそれによる環境の変化がそれ自体でぼくたちの創造力を触発するように……。あるいは、キュウリの漬け物を新たなやり方で切ることが、そっくりそのまま、そのキュウリから新たな美味しさを引き出すことに直結しているように(漬け物の美味しさは切断の仕方に応じて変化する)。今回の現代思想講座では、毎回、身体の幾つかの特定の部分(器官)を取り上げて、それらの部分がいかにして流れを切断し得るのか、すなわち、いかにしてクリエイティヴな器官になり得るのかということを考えてみたいと思います。つまり、ぼくたちの身体を構成する様々な器官を一つひとつ切断へと導いていくことで、最終的には身体全体をクリエイティヴな器官の寄せ集め(動的編成)に作り替えるということを試みてみたいと思います。


   講 師   廣瀬 純 (龍谷大学講師)
   定 員   25名
   受講料   6,000円
   日 程   全3回 土曜日 13:30~15:30


第1回  12月5日(土)

口と肛門、あるいはジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリ
――『アンチ・オイディプス』再入門


第2回 12月12日(土)

耳と手、あるいはセロニアス・モンクとビル・エヴァンズ
――音、そしてmembra disjecta(ばらばらの肢)が奏でる音楽


第3回 12月26日(土)

背中と背中、あるいはジャン=リュック・ゴダールとクリント・イーストウッド
――顔と眼差しとを退位させるために、背中を
 
 
 

『はこにわ虫』、『いつものはなし』

密やかな教育』のカバーの装画は、近藤聡乃さんの作品です。

近藤聡乃さんのマンガ作品として


『はこにわ虫』

はこにわ虫
A5判・並製
2004年11月刊行
本体価格 1,300円+税


『いつものはなし』

いつものはなし
A5判・並製
2008年9月刊行
本体価格 1,300円+税

などがあります。上記の2冊は、青林工藝舎から出ています。

 他の制作活動として

  → くわしくは【こちら】。

  → さらに【こちらも】ご覧くださいませ。



J-G・タルド『模倣の法則』

G・タルド『模倣の法則』

 ガブリエル・タルドの『模倣の法則』(村澤真保呂・池田祥英 訳、河出書房新社、2007年9月30日発行)が発売されています。タルドは『世論と群集』(未来社)のほかは、日本語で読むことがほとんどできないでいました。タルドの主著と言ってよい著作の全訳です。翻訳はおどろくほど読みやすくなっています。また、翻訳者による解説2つも、よいガイドとなるかと思います。オビの文言を一部引用いたしますと――

――「ドゥルーズに影響を与え、いままたラッツァラートら新鋭の思想家によって復活されつつある忘れられた社会学者タルドの主著、初の日本語全訳。発明と模倣/差異と反復の社会学を展開する歴史的名著。タルド・ルネサンスはじまる。」――

 ちなみに、宣伝になりますが、M・ラッツァラートの『出来事のポリティクス』(仮題)は現在、小社で編集中です。刊行予定日をできるだけはやくに決定いたしご案内させていただきます。刊行が遅れていまして、すみません。あとすこしお待ちくださいませ。

『排除型社会』重版の完成日

 『排除型社会』の重版(第2刷)は、5月21日に完成いたします。
 10日ものあいだ在庫をきらし、たいへん申しわけございませんでした。出来しだい出荷いたします。

マイク・デイヴィスの著作

『図書新聞』(5月5日号)に杉浦勉氏がマイク・デイヴィス(*)のラティーノ論について記事をよせています。デイヴィスの新刊(共著)No One is Illegal〔不法な人間などいない〕について、2001年に刊行されたMagical Urbanism〔魔術的アーバニズム〕とともに、紹介と批評がなされています。No One is Illegalは「昨年の〈新移民法〉に反対する全米抗議運動で最も使用されていたスローガン」でもあります。「デイヴィスのラティーノ論はたんに階級や人種/エスニシティのモデル研究としてだけではなく、社会やコミュニティがひとつの集団をどのように理解し、勤労や居住を通じて提携してゆくことができるのかを考える実践的なリサーチとしても学ぶべきところは多い」(記事より抜粋)。Magical Urbanismは明石書店より刊行予定とのことです。

 * デイヴィスの著作は単行本としては『要塞都市LA』(青土社)、『感染爆発:鳥インフルエンザの脅威』(紀伊國屋書店)が翻訳されております。

 デイヴィスのPlanet of Slums〔スラムの惑星〕(2006年刊)も明石書店より刊行されるとのことです。同書のもとになった論文は、雑誌『現代思想』(2006年8月号、特集:ホームレス)に「スラムの惑星:都市への内訌と非正規なプロレタリアート」(長原豊訳)という表題で掲載されています。ひじょうに興味深い論考です。

『抵抗の場へ』第2刷、完成しました。

 マサオ・ミヨシ × 吉本光宏著『抵抗の場へ』の重版(第2刷)が完成いたしました。
3日間、在庫を切らし申しわけございませんでした。

ジャン=リュック・ナンシーのあたらしい本

 ジャン=リュック・ナンシーの、Tombe de sommeil, Editions Galilee, 2007. という本が刊行されたようです。
 ナンシーの、イメージをめぐっての思考や、キリスト教の脱構築の試みは、本をつくるという具体的な行為に、おおきく関係していて(すくなくともわたしにはそう思えて)、さまざまな課題、考えたほうがよい問題に、そのつど気づかされます。

石橋 純『太鼓歌に耳をかせ』(松籟社)のご紹介

 石橋 純『太鼓歌に耳をかせ――カリブの港町の「黒人」文化運動とベネズエラ民主政治』(2006年、松籟社)は、昨年3月まで勤めていた会社でつくりました本です。あらためてここに、しつこく(!)宣伝いたします。現在は「初版第3刷」めかと思います(違っていたら、すみません)。写真をたくさん掲載しております。ぜひ書店でご覧くださいませ。

『サークル村』復刻版(不二出版、2006年)

 『サークル村』は、九州全域と山口県の地域や職場のサークルどうしの交流をめざした雑誌であり、1958年9月から61年10月まで刊行されました。この雑誌には、谷川雁、上野英信、森崎和江、石牟礼道子といった表現者だけでなく、炭坑労働者や鉄道員、紡績女工、郵便局員、金属工、事務員、村の若者や女性たち、かれら、かの女らの、活字をとおした肉声が刻みこまれています。

 復刻版は、不二出版より昨年5月に復刻されています。すでにご存知の方も多いでしょう。『労働藝術』『地下戦線』『炭砿長屋』を附録としています。復刻版は全3巻、本体価格 65,000円(!)です。

 不二出版の復刻版パンフレットには、池田浩士氏、上野千鶴子氏、鶴見俊輔氏、有馬学氏が、推薦の言葉をよせております。関心のある方は不二出版にお問い合わせください。

 池田浩士氏は、『図書新聞』(2006年10月14日号)にて、『図書新聞』編集の米田綱路氏によるインタビューに答えています(リード文「集団創作のエネルギー:二十世紀文化運動のなかで新しい表現を生み出した〈村〉」)。

 そのほかには、天野正子著『「つきあい」の戦後史』(吉川弘文堂、2005年、本体2,800円)もあり、このなかでも「サークル村」についてページがさかれております。

 また、雑誌『思想』(2005年12月号、岩波書店)「特集:戦後60年」のなかでは、ウエズリー・ササキ・ウエムラ著「遺産を移植する――戦後日本のサークル運動の影響」、水溜真由美著「森崎和江と『サークル村』」の2つの論文が掲載されています。
 さらには、雑誌『未来』(未来社)では、昨年から今年3月号までの7回にわたって、道場親信著「倉庫の精神史――未来社在庫僅少本で読む〈戦後〉」と題する論考が掲載され、上野英信などをめぐってサークル村のことが取り上げられています。

 サークル村についてはわずかしか言及されていないものの、冨山一郎氏「接続せよ!研究機械:研究アクティヴィズムのために」(『インパクション』第153号、2006年、本体1,200円)のなかのつぎの言葉は印象的で触発をうけました。
「運動の形態を考えることは、終ったとされる過去の出来事にもう一度別の意味を吹き込み、まだ終っていない運動として今に繋げていくことなのだ」。
 こんにちのこの状況において、あらたな〈サークル〉をどう構想し、実験し、つなげていくかは、きわめて重要な課題だと思います。

『graphic/design』の紹介

 デザイン誌『graphic/design』(左右社)を創刊号から第3号まで購入しました。事務所の近くにある恵文社一乗寺店に面だしされていました。
 下記はその第3号の目次です。

『graphic/design』 第3号(2007/02/28発売)
目 次

特集=この人たちの20年前の仕事といま
寺門孝之――天使点画2 GALLERIA TERAKADO Dusty Twin-Line Angeli
池澤夏樹――託宣から帳簿へ 語り物からウィキペディアへ…2
ティム・マクレイト――デザインの日常英語…1 Line,Originality
斎藤環――テクスチャーの歴史的変遷
臼田捷治――グラフィックデザイン 20年前といま――デザイナーのビルドゥングス・ロマン(クラフト・エヴィング商會、佐藤雅彦、原研哉、山口信博、祖父江慎、鈴木一誌、戸田ツトム)
加島卓――「都市=銀座」としてのショーウィンドー デザイナーと素養…3
石川九楊――日本の漢字すべてが国字である 国字つれづれ…2
祖父江慎――坊っちやんの顔100年 並べてみよう…2
戸田ツトム――影の運動 デザインのカオス…2
三木健――「話すデザイン」
鈴木一誌――「自分の目盛りをつくる」

   ◆ ◆ ◆

 デザイン&アートの雑誌『81+』(ディー・ディー・ウェーブ発行 河出書房新社発売)の第35号(2月25日発行)でも、10年前といまをめぐって、さまざまなデザイナーにインタヴューをした記事が載っています(『graphic/design』第3号のほうはインタヴューではなく、また、「20年前といま」という比較です)。
 DTPが製作環境に広範囲に展開し、さらにインターネットの普及によって生活じたいも変化しました。「インターネットとデジタル化が仕事の中身をどれほど変化させたか」をさまざまな(言語も国籍も異なる)デザイナーに質問しています。

   ◆ ◆ ◆

 『d/sign』(太田出版)の13号の特集は「ロボットのデザイン」です。こちらも関心のある方はご覧ください。読み応えのある記事、批評を、かずおおく読むことができると思います。

 また、『重力のデザイン――本から写真へ』(鈴木一誌、青土社)はいま読んでいるのですが、あわせてご紹介しておきます。

『週刊 読書人』の〈注目の人文書〉

 『週刊 読書人』(4月6日号)で、早稲田大学生協ブックセンター・人文書ご担当の永田淳様が、「注目の人文書」の一冊として『排除型社会』をとりあげてくださりました。
 本書のほかに、かねて紹介いたしましたD・ハーヴェイ『新自由主義』(作品社)もリストされています。
 また、『ベンヤミン・コレクション:第4巻「批評の瞬間」』(ちくま学芸文庫)も選ばれています。この文庫版の冒頭は、「雑誌『新しい天使』の予告」です。圧縮された硬質な文章のなかに、ベンヤミンの思想を駆動するかずかずの概念を見出すことができます。また、本を企画したり、つくったりするうえで、個人的にもなんども参照してきた文章でもあり、あらたな翻訳で読みなおすことができたことは、さらなる「補助線を引く」ことになったかと(そうなってほしいと)思いました。

ハーヴェイ『新自由主義』(作品社)

 デヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義――その歴史的展開と現在』(作品社)が刊行されました。すでにご存知の方も多いと思います。
http://www.amazon.co.jp/dp/4861821061

 監訳者の渡辺治氏による論考「日本における新自由主義の展開」を収載。また、日本語版独自の、きわめて充実した「索引」がついています。
 渡辺治氏は、「〈構造改革〉政治時代の幕開け――政治改革から軍事大国化・新自由主義へ」(『現代思想』2005年12月号:特集「1990年代論」)と、「戦後保守政治の中の安倍政権」(『現代思想』2007年1月号:特集「岸 信介――戦後国家主義の原点」)を執筆。これらも一読の価値があると思います。
プロフィール

洛北出版

洛北出版
http://www.rakuhoku-pub.jp/

最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード