「都市-文化-記憶」研究会

◆先端総合学術研究科公募研究会 「都市-文化-記憶」研究会企画
「社会運動・ヤクザ・映画のなかの反/差別を考えるために」

▼日時:2007年6月30日(土) 14:30~17:30

▼会場:立命館大学衣笠キャンパス創思館401+402号室

▼報告者:山本 崇記(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 コメンテーター:酒井 隆史(大阪府立大学人間社会学部准教授/先端総合学術研究科非常勤講師)

▼この企画の紹介ページ
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/2007/0630.htm

▼「都市-文化-記憶」研究会
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/g/ucms.htm

移転しました。

 引越しはようやく一段落つきました。と言っても、段ボールを荷解きしただけなのですが……。
 こんどは一軒家(もちろん賃貸)ですが、なにしろ古いボロボロの木造民家のため、事務所として機能できるようにするための、日曜大工の毎日です。これが、まだまだ終わらない……。

『排除型社会』を重版(第3刷)します。

 『排除型社会』を重版(第3刷りめ)いたします。来週には完成する予定です。すこしのあいだ、在庫がなくなりますが、すこしのあいだ、お待ちいただきたくお願い申しあげます。

『何も共有していない者たちの共同体』を重版(第3刷)します。

 『何も共有していない者たちの共同体』を重版(第3刷りめ)いたします。いま、印刷中です。完成日が決まりましたら、あらためてご案内いたします。

季刊『d/SIGN』14号

『d/SIGN』14号

 季刊『d/SIGN』14号(6月22日発行、太田出版、本体1,700円)の特集は「小さな画面のデザイン」です。
 下記は主な目次の抜粋です。

特集「小さな画面のデザイン」
インタビュー=デザインの最深部へ
  イルマ・ボーム 〈構造としての本〉を求めて
  呂敬人 種を蒔く、〈痛み〉に向きあう:中国ブックデザインの現在
  港千尋 ピクチャー・プラネット=映像の惑星に生きる
  大塚和義 自然に感謝する:循環するアイヌの宇宙観
  フォントワークス 意識が描く新たな〈可読性〉とは?:ドットフォントの微視的な遠近法
  テクノス 人間の「目の不思議」にまなぶセンサの世界

【小ささをめぐって】
大竹左紀斗 切手という小さな画面
柏倉康夫 携帯写真とは何か
矢田等 東京「小さな画面」徘徊記
古賀弘幸 スクリーンは小さいか:画と文字・スクリーンとキャプション
岡田秀則 小は大を兼ねよ?:80年代極私的シネフィリー生成論
喜多千草 マルチウィンドウな毎日:コンピュータとデザイン

【かたちの思想】
有木宏二 イメージの生き残り:ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『イメージ、それでもなお アウシュヴィッツからもぎ取られた四枚の写真』を読む
阿部嘉昭 「小さな画面」の不如意を慈しむことについて
中村鐵太郎 なかじきり そとじきりを否定せよ
丹生谷貴志 小ささについて
大澤真幸 〈抽象〉再考

【ミクロなコスモス】
望月正夫 写真作品「地面」
加藤茜 版画写真「海の骨」

事務所移転のお知らせ

 6月5日より、事務所を下記に移転いたしました。
 住所・郵便番号が変わります。

606-8267
京都市左京区北白川西町 87-17
洛北出版
TEL/FAX 075-723-6305
*電話・ファクス番号は変更ございません。

 ご不便をおかけいたしますが、ご了承くださいますようお願い申しあげます。

『抵抗の場へ』:『日経ビジネス』に書評掲載

 『日経ビジネス』(6月11日号)に、『抵抗の場へ』の書評が掲載されました。評者は、岩下 正氏(ローンスタージャパン会長)です。

「比類なき知性の持ち主でありながら、「知識人」という概念を拒み、単なる人間として問い続け、考え続けてきたミヨシ氏。今なお新たな学問的挑戦をやめない反骨を貫いた生き方は、主義主張を超えて、読む者に迫ってくる。」[書評より抜粋]

『排除型社会』:『論座』に書評掲載

『論座』7月号


 月刊誌『論座』(朝日新聞社、7月号)に、『排除型社会』の書評が掲載されました。評者は、酒井隆史氏(大阪府立大学教員)です。

「本書は、自己認識に混乱をきわめる現代社会を脈絡づけるための大いなる助けになるはずだ。[中略]/ただしいくつか留保はある。まず日本で考えるときに注意が必要であることは、著者が強調する、実際に犯罪は大幅に増加しているという点である。このことは、日本では直接にあてはまらない。この点では日本は排除型社会がより純度の高いシステムとして構築されつつあるといえるかもしれない。
 さらに、現在の支配的イデオロギーがどれほど「能力主義」を喧伝しても、それが実質的にはまったく能力主義から離れていっているかについての指摘は妥当であるにしても、しかし、「真に能力主義的な雇用政策」といった提案がいまの経済システムにおいて意味があるのかどうかも疑問に残る。」[書評より抜粋]

 酒井氏のこの「留保」「疑問」はきわめて重要な指摘だと考え、上記のように同誌より当該部分を引用いたしました。
 酒井氏には『自由論:現在性の系譜学』(青土社)『暴力の哲学』(河出書房新社)などの著作があります。『自由論』のなかにジョック・ヤングについて言及した箇所がいくつかありますので、ご覧くださいませ。

『排除型社会』:『部落解放』に書評掲載

『部落解放』6月号


 月刊誌『部落解放』[6月号・583号、解放出版社]に、『排除型社会』の書評が掲載されました。評者は、原口剛史氏(大阪市立大学都市研究プラザ特別研究員)です。

「後期近代が課するゲームに勝ち続けたいのであれば、保険統計的技術を駆使して危険な他者を遠ざけるのは合理的な行動にみえるかもしれない。だがもしゲームに負けても生きることのできる世界を望むのであれば、刑務所をひたすらに拡大し、社会的サービスを削除し、他者を見捨てることに、はたしてどんな意味があるというのか。個人主義を徹底しようとする著者の試みには、そのような問いかけが潜んでいるように思われる。」[書評より抜粋]

 評者の原口剛氏は昨年、『都市空間の地理学』[加藤政洋・大城直樹編著、ミネルヴァ書房]のなかのひとつの章(第6章「デイヴィド・レイとウィリアム・バンギ――地理学的探究」)を著されています。ひじょうに興味深い論考だと思います。ほかの章とあわせて同書をぜひご覧ください。

『排除型社会』:週刊『図書新聞』に書評掲載

 週刊『図書新聞』[6月2日号・2823号]に、『排除型社会』の書評が掲載されました。評者は、芹沢一也氏(研究分野は近代日本思想史)です。

「いずれにしても、もはやかつてのような包摂型社会に後戻りすることなど不可能である。男性だけに完全雇用が保障される労働環境は終わりを告げたし、家父長的で生涯にわたって維持される核家族という幻想も失われた。近所同士が干渉しあい、目配りをきかせていたコミュニティの復活なども考えられない。ノスタルジーに浸って過去を懐かしんでも、安定した過去が戻ってくることはないのだ。右派による道徳的な非難が確固たる規範があった社会へのノスタルジーを掻き立て、左派の市場主義批判もまたかつての福祉的な社会へのノスタルジーを生み出している昨今、こうした態度決定はきわめて重要なものだと思われる。」[書評より抜粋]

 評者の芹沢一也氏には、『ホラーハウス社会:法を犯した「少年」と「異常者」たち』(講談社)『狂気と犯罪:なぜ日本は世界一の精神病国家になったのか』(講談社)などの著作があります。
プロフィール

洛北出版

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http://www.rakuhoku-pub.jp/

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