蜜蜂の地図

 「共同性」をめぐる本(M・ハイデガー、J-L・ナンシー、M・ブランショなど)については、かなり以前にここで記したと思います(たぶん)。歴史的な問いとしての「コミュニティ」をめぐる本の書誌情報を、いま整理しています。できしだい、紹介させていただきます。
 それから、「共同性」の問題を考えていくと、どうしても「分配」の問題にも直面すると考えております。これについても、いくつかの本を、いずれ紹介させていただきます。

   * * *

 下記は、上のような問いとはまったく関係ありません。事務所にスズメバチの巣ができてしまい、それがきっかけで、すこしだけ調べることをしたにすぎません。ちょうど、下記の本が刊行されたこともありましたので、メモとして記しておきます。


『レヴィ=ストロースの庭』

レヴィ=ストロースの庭
港 千尋 著
A5判・上製
本体価格 2,200円+税
2008年11月20日発行
NTT出版

 「もともと蜂蜜は自然が与えてくれる食物で、料理する必要はない。[中略]
 どちらの神話[ギニアにある2つの神話]も、蜂蜜の起源というよりは、蜂蜜が少ないことの起源を示している。なぜ森に蜂蜜が少なくなったのか[中略]原因はどちらも明らかである。蜂蜜という自然が用意してくれた奇跡にたいして、人間がありがたみを忘れてしまったことに端を発している。ギニアの神話でとりわけ興深いのは、人間が幸せを失うとき、それはミツバチが飛び去る速さで失うというというところだろう。あっという間の出来事が、ミツバチの属性というところがポイントだろう。」[pp.95-97]


 レヴィ=ストロース『神話論理Ⅱ 蜜から灰へ』(みすず書房)もご参照くださいませ。
 そして、つぎの文は、宮本常一の『忘れられた日本人』(岩波文庫)から抜粋します。

 「こうした山の中[土佐の山の中]へ風のように来て風のように去る人がありました。それは大阪から来る蜂蜜や蜜蝋を買う商人でした。昔は薬種商人が買い付けたものですが、その古い書付が今ものこっています。この地には蜜蜂が多くて山の中のいたる所に蜜箱を見ることができます。古風なもので、中には木の中のウロになったのを使用したのもあります。そうしたものでとった蜜やロウをはるばる海を渡ってやって来て、買集めていく人があったのです。全く風のように来て風のように去っていったとのことです。[中略]
 山の中で全く淋しいところですけれど、ヒロミに通ずる道は細々ながらこうしていくつもありました。そしてその道を通じて村の人たちは世間も知ったのです。」[pp.165-6]





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