ドゥルーズ 『ニーチェと哲学』


   ドゥルーズ『ニーチェと哲学』江川隆男訳、河出文庫
   「 ヘーゲル以来、哲学は存在論と人間学との、
   形而上学と人間主義との、神学と無神論との、
   疚しい良心の神学と怨恨の無神論との
   奇妙な混合物として現われる・・・・・・
   
   人々は苦労せずにニーチェが
   闘っている敵を特定できる。
   それは肯定を真実の真実性と、
   あるいは現実の積極性と
   混同してしまう弁証法である。
   そして何よりも弁証法こそが、
   それ自身この真実性、この積極性を
   否定的なものの産物とともに
   仕立てあげるのである・・・・・・
   
   ニーチェは次の三つのことを言いたいのだ。
   
   (1) 存在、真実、現実はニヒリズムの諸転身である。
   生を引き裂き、生を否定し、
   生を否定的なものの労働に従属させることによって、
   つまり生にもっとも重い荷を背負わせることによって
   生を反動的にする諸々の仕方。
   ニーチェは真実の自己充足と同様に
   現実の自己充足を信じない。
   彼はそれらを一つの意志の表明、
   つまり生を過小評価する意志、
   生を生に対立させる意志の表明と考える。
   
   (2)受諾として、存在するものの肯定として、
   真実の真実性として、あるいは
   現実の現実性として考えられた肯定は、
   一つの偽りの肯定である。・・・・・・
   
   (3)肯定についてのこの偽りの考え方は、
   依然として人間を保存する一つのやり方である。
   存在が担われるべきものである限り、
   反動的人間は背負うためにそこに存在する。
   存在は砂漠以外のどこでよりよく肯定されるだろうか。
   また人間はどこでよりよく保存されるだろうか。」
   
   (ドゥルーズ 『ニーチェと哲学』 江川隆男訳、河出書房新社、2008年、353-355頁
   *改行を加え、傍点箇所はゴシックで示した

   
   
   

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